「追い抜く」と「追い抜かす」

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「追い抜く」ことを「追い抜かす」と表現している文章に違和感を感じます。インターネットや本で、バイクや四輪車の記事を読んでいると、よく「追い抜かす」という表現を目にします。これについての違和感は多くの人が持っているようですが、僕もその一人なので改めて、書いておきます。

「追い抜かす」?

辞書ベースでいうと、「追い抜く」という言葉が正式で「追い抜かす」は俗語として扱われているようです。

「追い抜く」は「追う」+「抜く」という二つの動詞がくっついて出来た言葉ですので、活用形は「抜く」のカ行五段活用です。語幹は「追い抜」。

  • 未然形 … 追い抜か、追い抜こ
  • 連用形 … 追い抜き、追い抜い
  • 終止形 … 追い抜く
  • 連体形 … 追い抜く
  • 仮定形 … 追い抜け
  • 命令形 … 追い抜け

一方、「追い抜かす」は「追う」+「抜かす」ですので、サ行五段活用。語幹は「追い抜か」。

  • 未然形 … 追い抜かさ、追い抜かそ
  • 連用形 … 追い抜かし
  • 終止形 … 追い抜かす
  • 連体形 … 追い抜かす
  • 仮定形 … 追い抜かせ
  • 命令形 … 追い抜かせ

「抜く」と「抜かす」は似てますが、違う単語です。二つの言葉の意味を見てみると、次のようにあります。

抜く

  1. 中にはいっているもの、はまっているもの、刺さっているものを引っ張って取る。「刀を―・く」「歯を―・く」「とげを―・く」
  2. 中に満ちていたり含まれていたりするものを外へ出す。「浮き袋の空気を―・く」「プールの水を―・く」「力を―・いて楽にする」
  3. 中にはいっている金品をこっそり盗み取る。「車中で財布を―・かれた」「積み荷を―・かれる」
  4. 多くのものの中から必要なものを選び取る。全体から一部分を取り出す。「書棚から読みたい本を―・く」「秀歌を―・いて詞華集を編む」
  5. 今まであったもの、付いていたものを除き去る。不要のものとして取り除く。「染みを―・く」「籍を―・く」「不良品を―・く」「さびを―・いたにぎりずし」
  6. 手順などを省く。また、それなしで済ませる。省略する。「仕事の手を―・く」「朝食を―・く」
  7. 前にいる者や上位の者に追いつき、さらにその先に出たり、その上位になったりする。「先頭の走者を一気に―・く」「すでに師匠の芸を―・いている」
  8. 新聞報道やテレビ報道などで、他社に先駆けて特ダネを報道する。すっぱ抜く。「スクープを―・く」
  9. 力などが他よりすぐれている。基準よりも上である。「実力が群を―・いている」
  10. (「貫く」とも書く)突き通して向こう側へ出るようにする。一方から他方へ通じさせる。つらぬく。「山を―・いてトンネルをつくる」「一、二塁間を―・くヒット」
  11. 型にはめて、ある形として取り出す。また、ある部分だけ残して他の部分を染める。「ハート形に―・く」「紫紺の地に白く―・いた紋」
  12. 攻め落とす。「城を―・く」「堅塁を―・く」
  13. 和服の着方で、抜き衣紋にする。「襟を―・く」
  14. 囲碁で、相手の死んだ石を取る。
  15. (動詞の連用形に付いて)そのことを最後までする。しとおす。また、すっかり…する。しきる。「難工事をやり―・く」「がんばり―・く」「ほとほと困り―・く」

※出典: https://dictionary.goo.ne.jp/jn/169219/meaning/m0u/%E6%8A%9C%E3%81%8F/

抜かす

  1. 入れるべきものを入れない。うっかりして落とす。漏らす。また、間をとばす。「順番を―・す」
  2. 抜けるようにする。力などを失わせる。「びっくりして腰を―・す」「現 (うつつ) を―・す」
  3. (「吐かす」とも書く)言う、しゃべるの意で、相手を卑しめていう語。言いやがる。ほざく。「てめえ何を―・すか」
  4. ある場所から逃げ出させる。「権三様をもあの婆が、見ぬやうにそっと―・して往 (い) なせませ」〈浄・鑓の権三〉

※出典: https://dictionary.goo.ne.jp/jn/169115/meaning/m0u/%E6%8A%9C%E3%81%8B%E3%81%99/

意味を見て分かるとおり、「抜く」の7番目の意味合いが強く、「抜かす」は誤用と分かります。

注目したいのは「抜かす」の2番目の意味、「抜けるようにする。力などを失わせる。」。1、2、4番目の意味では「抜かす」は他動詞という側面が強いので、「(自分が)相手に対して影響を与えたこと」を強調したい場合の「抜く」を「抜かす」と言っているように見えました。

でも、「抜かす」にはそもそも「前にいるものに追いつき、その先に出る」という意味はないので、ここが違和感の原因なのです。

「抜かす」派の人は、追い抜かれた事を「追い抜かされた」というんでしょうか?

確かに「打ち負かされた」感は強調できる気はしますけど、「負ける」と「負かす」のように明らかに主語と目的語の状態が逆転するほど、「抜く」と「抜かす」の意味は単純ではないので、誤用している人が多いのかと思います。

意外性?

ちなみにNHK放送文化研究所では

「追い抜かす」には、そんなことはふつうは起こらないという「意外性・びっくり感」のようなニュアンスもあるようなのです。

「追い抜く」? 「追い抜かす」? | ことば(放送用語) – 最近気になる放送用語 | NHK放送文化研究所

と、使われ方の傾向を書いています。なんだろう…フワフワした回答だし、的を得ている感じもしない。

僕は、「追い抜かす」派の人がツーリング中に、仲間にインカムで「前の車、追い抜かそう」と話してても、「びっくりさせてやろう」なんてニュアンスは感じ取れません。

そもそも、語感や文字数の都合で言葉を変える可能性がある歌詞を評価対象としているのは、どうなのかな。

「追い抜く〜」という歌詞だとメロディやテンポの都合で合わないので、(誤用という認識があっても、俗語として意味は通用する)「追い抜かす〜」とする場合もあるだろうから、純粋かつ日常的にみんなが使っている口語ではないです。

歌謡曲がその時世を映している点や、このようなページではみんなが知っているような文章がふさわしい点から、歌詞を評価対象としたのは理解できますが、自分から積極的に「正しい言葉が〜」と言ってる団体であれば、もうちょっとマトモな回答や見解が欲しかったです。

結論

僕は、日本語原理主義者って訳ではないし、日本語の専門家でもないのであまり偉そうなことを言えません。

「抜く」や「抜かす」のほか、「抜ける」や「抜かる」という言葉があるように、日本語はとても複雑です。言語は、時代ごとの使う人にとって(誤用も含めて)形成されていくものなので、ひょっとしたら近い未来の辞書に「追い抜かす」が載るかもしれません。

この「追い抜く」「追い抜かす」議論は、他のブログでもよく取り上げられていて、いろいろな解釈もあるので今更どうという話はないですし、「追い抜かす」派の方に対していちいちツッコミを入れるほどでもないです。

しかし、「追い抜かす」という言葉は誤用と知っていて、さらに、「抜かす」に「ほざく」、「ハブる」に似たマイナスイメージの意味があり、「(相手を)打ち負かす」という敵意を含むニュアンスを連想してしまうので、僕は公道の上では使いたくないなぁ、と思いました。

佐世保のシステムエンジニアです。詳しいプロフィールやこのブログについてはこちらをご覧ください。

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