鎮守府史跡探訪~旧佐世保飛行場・崎辺地区~

佐世保市民にもあまり知られていないことですが、佐世保湾に面する崎辺半島には飛行場がありました。現在は海上自衛隊佐世保教育隊、米軍用地があります。

場所は知っていたものの、佐世保に住んでいてもまず用事がない限り行かないところですので、行ってみました。

佐世保海軍航空隊の Wikipedia ページによると、

横空の成長を期に、航空隊の増設を図った海軍は、各軍港へ哨戒航空隊を設置することとした。その第一弾として、佐世保軍港に面した長崎県東彼杵郡日宇村の半島先端の浅瀬を埋立て、飛行場を設置した。この埋立地に佐世保海軍航空隊を開いたのが大正9年12月1日である。内海部にある呉鎮守府への航空隊設置は遅れ、大正14年に佐空の分遣隊を置いた。佐世保飛行場は滑走路が短く、陸上機の常駐には不都合が多かったため、陸上機はもっぱら大村海軍航空隊が常駐する大村飛行場を活用した。そのため、佐世保鎮守府には加賀・飛龍・瑞鳳・大鷹・雲龍・葛城と6隻の航空母艦が配備されたが、艦載機は佐空ではなく大村空や宇佐海軍航空隊で訓練・補給・休息を実施していた。

とのことです。

例のごとく、佐世保地方隊のページにも詳しく説明が掲載されています。

佐世保地方隊【西海の護り】:佐世保史料館(セイルタワー)【佐世保海軍航空隊~(佐世保教育隊、佐世保警備隊、佐世保弾薬整備補給所、佐世保衛生隊第2衛生科)】

さて、下の Google ストリートビューの撮影車が入っていって撮影しているとおり、一般車両でもある程度のところまでは許可を取らなくても入っていけますが、普通の用事では一般人が行くところではないので、周辺に迷惑をかけないよう行動したいところです。

現在は海上自衛隊、米海軍、佐世保重工業(SSK)用地で区切られていますが、SSK用地は日本版「海兵隊」とも言われている島嶼上陸作戦の精鋭部隊「水陸機動団」の用地になる模様です。

SSK:「水陸機動団」拠点に 保有する崎辺地区西側、防衛省と売買契約 /長崎 – 毎日新聞

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佐世保教育隊の入口に続く道。たまたま、半島の先から来た「U.S. NAVY FIRE RESCURE」と書かれた米海軍の消防車が入っていきました。

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一般道のすぐ近くに停泊していた多用途支援艦「あまくさ」。熊本地震の被災地にいったようで「災害支援」の横断幕が掲げられていました。

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一般道の行き止まりの場所。Google ストリートビューでも見えているとおり特に何もありません。佐世保港に停泊している補給艦「おうみ」が見えました。

この後、佐世保東山海軍墓地に行きました。

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