今から11年前の初夏のある日のことです。
僕は自宅の庭で友人らとバーベキューをしていました。焼けた肉の匂いにつられてきたのか、頭上にはいくつかのカラスが集っています。
時折、カァーと鳴き声をあげて、何羽かが上空をくるくると旋回しているだけで、食べ物を奪いにくることはありませんでした。バーベキューは無事に終わり、友人達は帰っていきました。ナマモノなどの最低限の片付けをし、熱くなったコンロや焼き網などは翌日片付けることにしました。
翌朝、カラスの鳴き声で目を覚ましました。私の家は普通の住宅地にあるのですが、これほどカラスが集ってくるようなことは今まで一度もありませんでした。何かがおかしい。
庭に出て、バーベキューコンロの片付けをしている間も、上空をくるくるとカラスが飛んでいます。「これは何かがあるな」と思った時でした。庭の隅の茂みの方から、ガサガサッと音がしました。子猫かな?
音がした茂みの方に近寄ってみると、バサバサバサッと大きなカラスが飛び立っていきました。至近距離で飛び出してきたのでびっくりしました。ひょっとして、カラスの餌になるような小動物でもいるのかな?
そう考えて茂みの中を覗き込んでみると、そこには黒い塊が落ちています。よく見てみるとカラスでした。先ほど飛び立っていったカラスよりも一回り小さな、黒いカラスです。生きてはいますが、見るからに弱っている様子です。自分では飛ぶことができないようです。
僕は野鳥の知識がなく、単身者なので仕事中は面倒を見ることができません。そこで、隣町の実家にいる母と妹に電話をかけ、保護してもらうことにしました。鳥が大好きで知識も豊富な母と妹がすぐに駆け付けてくれて、小さなカラスを引き取っていきました。
しばらく上空で様子を見ていたカラスたちは、徐々にいなくなっていきました。昨日から、小さなカラスが庭で動けなくなっていたのを心配して集ってきていた訳です。よくよく思い返してみると、我が家の上空はちょうどカラスの群れの通り道になっていたようで、夕方に山の方に帰っていく群れが通るのを見上げていました。
巣立ちしたばかりの若いカラスが上手く飛べずに、我が家の庭に落ちてケガをして動けなくなっていたようです。
その後の何週間かを実家で過ごしたカラスは、母と妹の看病の甲斐があって、ケガが治って元気になりました。墜落現場である我が家の庭まで連れてきて放鳥すると、すぐに親族と思われるカラスたちと一緒に飛んでいったらしいです。(仕事中だったので立会えませんでした)
ここまでは、ただ単にカラスを保護したお話にしか過ぎません。
放鳥から数日が経ったある朝、職場にでかけようと玄関から外に出てみると、足元にミイラ化した鳥の雛が落ちていました。鳥の亡骸なんてそうそう見るものではないのでギョッとしました。ここに長い事住んでいますが初めての出来事です。猫が咥えて運んできて落としたのかな…。出勤しなければならないので、その場は亡骸を隅に寄せてから出掛けてきました。
それからまた数日が経った日、自宅のガレージの前に、ミイラ化した鳥の雛が落ちていました。しかも2羽も。
これは只事ではないと思いました。私が家に出入りする場所に、雛がいくつも落ちている。これはひょっとして…。
カラスはとても頭が良く、一説には小学校低学年の子供くらいの知能があるとも言われています。ひょっとすると、我が家を「若いカラスを救ってくれた家」として認知して、「この家に連れてくれば幼い雛を救ってもらえるかも!」と思って、亡くなった雛を連れてきたんじゃないだろうか。
そう考えると親鳥の気持ちがいたたまれなくなってきます。何もしてあげることができないのはとても残念でしたが、雛の亡骸は庭に埋めてあげました。
それ以来、自宅の敷地内でカラスを見かけることはなくなりました。